デイサービスがくれた、母と私の心地よい距離感
私を、娘に戻してくれる時間
母の変化に気づく
「お母さん、今日はお出かけの日よ。新しいブラウス、よく似合ってる」
娘の真希が声をかけると、鏡の前の志津江(82歳)は少しだけ背筋を伸ばした。志津江は、最近の言葉で言えば「認知症の入り口」に立っている。台所の火を消し忘れたり、さっき聞いたことをまた尋ねたり。家の中に二人きりでいると、志津江の意識はすべて真希に向く。「次はどうすればいい?」「お昼は何?」……その依存の重さに、真希の心は時折、悲鳴を上げそうになっていた。
そんな葛藤の中で使い始めたのが、デイサービスだった。
止まっていた時間が、動き出す場所
送迎車が到着し、志津江がスタッフに連れられて笑顔で手を振る。その姿が見えなくなった瞬間、真希は深く、深く息を吐いた。
母を施設に預けることには抵抗があった。けれど、この「数時間の余白」があるだけで、真希の世界には色が戻る。
溜まっていた仕事、読みかけの本、あるいは、ただ静かな部屋で温かいコーヒーを飲むこと。それは決して「介護の手抜き」ではない。母を愛し続けるために、自分自身の心に栄養を与える大切な時間なのだ。
デイサービスでの母の笑顔
一方、デイサービスでの志津江は、家での依存が嘘のように「しっかり者の志津江さん」として振る舞っていた。
「あら、その塗り絵、素敵ね」スタッフや他の利用者に囲まれ、お喋りに花を咲かせる。家という狭い世界から連れ出される刺激が、彼女の表情を驚くほど若返らせていた。
清潔な香りと、穏やかな夕食
夕方、帰宅した志津江からは、石鹸のいい香りがした。家での入浴は、滑りやすい床や体力の消耗を考えると、母娘双方にとって命がけの重労働。それがプロの手を借りるだけで、これほどまでに穏やかな解決を見る。
そう言って笑う母を見て、真希は今日届いたばかりの少し良いお惣菜を食卓に並べた。自分の時間が持てたことで、真希の心には余裕という貯金ができている。何度も繰り返される「お風呂が広かった」という話にも、今は優しく、心から相槌を打てた。
家族の「息抜き」は、介護の「前向き」
「施設はまだ早い」と一人で抱え込む必要はない。デイサービス(通い)という選択肢は、家族の絆を壊さないための、現代の「賢い知恵」だ。
適切な距離感がもたらした、夕暮れ時の優しい団らん。デイサービスという「風通しの良い窓」があるおかげで、二人の日常は今日も、穏やかに更けていく。